茅の輪くぐりを行い、身に付いた罪穢れを祓い清める行事で毎年7月31日に行われています。

この神社はこの地の産土の神として、古くから長きにわたり人々から崇敬されてきました。
神功皇后が三韓を征してこの帰途、この有田広村にも行幸されたというご縁があり、欽明天皇の御代に、河内国誉田八幡宮より勧請されたと言い伝えられています。

天正年間には豊臣氏の紀州征伐により一部焼失しましたが、江戸時代には紀州徳川家の手厚い保護により次第に興隆していきました。