精忠神社は、徳川家康とともに活躍した鳥居元忠公を祀った神社です。

1712年から代々壬生城主であった鳥居家の先祖・元忠公は、関ヶ原の戦いに先立ち家康の命により伏見城を守り、石田三成方の大群を引き受け戦ったが、約1ヵ月の攻防の末、自刃しました。
そのときの血の付いた畳を埋めたのが「畳塚」で、精忠神社本殿の裏側にあります。

元忠公の命日である八朔の例祭(旧暦8月1日)では、以前は勇壮な武者行列が行われていましたが、現在、例祭は新暦の9月8日となり、武者行列も行われなくなりました。