毎年12月第二の午の日に、鏡の宿で元服した源義経を忍び、子供と老人が語り合うお祭り。

義経公の御霊を招き奉る「湯たて神楽」や神事を行った後、子供たちが鐘と太鼓を打ち鳴らし、「とうがらい、まあがらい、まぁがあったらとうがらい」と大声で囃しながら里山を練り歩く、その囃子からとがらい祭りと呼ばれるようになりました。
「とがらい・・・」というのは、当時宿場町としてあった白木屋などの宿屋が、客引きのために「泊まらい、まあ上がらい、まあ上がって泊まらい」と言っていたのが起源と言われています。