始まりは享保4年(1719年)といわれており、亀塚地区の集落で最も崇敬を集めていた神明社が火事で全焼し、諏訪神社に合祀されました。
その当時の厄難の厄を祓い、無病息災、五穀豊穣を祈るために始められたといわれています。

当日、午前8時から稲わらで作る大きなしめ縄(練馬)を作り、そのしめ縄を集落内の数え19歳の若者が肩に担ぎ、集落内を練り歩きます。
最後には、諏訪神社に奉納するというもの。

練馬は奉納するまでは決して地に落としてはならず、落としてしまったバイは担ぎ手は海に一晩中つけられ、練馬は再び作り直し、数え18歳の若者が代わって奉納することになっています。