末広神社の祭神は、軻遇馳智命・倉稻魂命と合わせて太田道灌を合祀しているところから「どうかんさま」の愛称で地域の人達に親しまれています。

敷地329坪の境内には本殿が建っています。
寛政元年12月23日に華族太田資義の中祖太田資愛が、かって仙洞御所より賜った御末廣を石櫃に納め、一社を造立したのが末広神社の創祀といわれています。
明治2年に太田資義が上総の国武射・山辺の両郡に転封のとき、当国に還して藩の鎮守としました。

毎年7月に行なわれる祭礼は、昼間は神輿が町内を回り、夜には神楽が奉納されます。 

この神楽は江戸里神楽の流れをくむもので、神楽講の人々により現代に受け継がれ、市の無形文化財に指定されています。